黒谷和紙とその産地

黒谷和紙とその産地

黒谷和紙とは?

黒谷和紙は京都府綾部市黒谷町・八代町と、その周辺地域でつくられた紙です。
 
良質な楮(こうぞ)を原材料として、職人により「手漉き」(てすき)で、1枚1枚が丁寧につくられます。
黒谷和紙は丈夫で強く、長持ちするのが特長です。
大正時代には政府から日本一強い紙として認められ、乾パンを入れる袋としても重用されました。

黒谷和紙の歴史

黒谷はおよそ800年前、戦に敗れた平家の落武者が追手を逃れ山里に隠れ住み、生活の糧としてはじめたと言われ、昔から村のほとんどの住民が紙に携わる、紙すきの里として栄えてきました。
幾度かの大火に見舞われたため歴史的資料が少ない中、現存する最古の紙として文禄2年(安土桃山時代・西暦1593年)の区有文書が黒谷村に残っています。

黒谷和紙協同組合について

古くから産地の協同組織はありましたが、現在の黒谷和紙協同組合になったのは平成8年(1996年)です。
伝統を次の100年につなげていけるよう、施設の共同利用、原材料の共同購入、紙製品の販売、産地ブランドの保護・PR、新商品開発、販路開拓、後継者育成などに取り組んでいます。

黒谷地区と紙づくり

黒谷地区は京都府綾部市の北部、舞鶴市との境に位置します。
国道27号から少しそれて橋を渡ると、ひっそりとした集落へと入っていきます。
集落の中を流れるのは黒谷川。古くから紙づくりに欠かせない清流です。
 
紙づくりの産地として800年も続いてきた要因には、この豊かで清らかな水や冬の厳しい寒さなど紙づくりに適した環境がありました。
黒谷はその文字のとおり谷間にあって、農地がとても狭く、日照時間も少ない集落です。
このような環境は農業に向いておらず、斜面でも栽培できる楮を植えて、紙づくりで生計を立てる道を歩んできました。
 
近年では紙づくりに携わる黒谷の住民は少なくなってしまいましたが、時代の変化や新しいニーズに対応し、技術を磨きいてきた先人に習い、伝統を守り継いでいきます。

黒谷和紙年表

■西暦 1200年頃 平家の落武者が都から逃れ来て黒谷の地に隠れ里をつくる
■1700年(元禄10年) 黒谷、元禄の大火に見舞われる
■1710年(正徳元年) 山家藩主・谷出羽守氏が家臣に命じて江戸で紙を販売させる
■1855年(安政6年) 京呉服に適した紙の技術を修得する
■1892年(明治25年) 組合設立
■1895年(明治28年) 土佐より大西勝四郎を招き土佐漉き技術を学ぶ。これにより大判の紙漉きが可能となり、生産量が増大
■1898年(明治31年) 紙類合資会社設立
■1908年(明治41年) 黒谷製紙販売購買組合(法人組合)設立
■1917年(大正6年) 政府に「日本一強い紙」として認められ、携帯食の乾パン入れ用袋として使われはじめる
■大正~昭和初期 養蚕業の発展に伴い、繭袋、産卵卵、絹糸の包装紙を生産
■1943年(昭和18年) 東八田産業組合 組合出張所となる
■1948年(昭和23年) 東八田農業協同組合 黒谷支所となる
■昭和中期 サンドペーパー用台紙、ハトメ紙(荷札用)などの産業用紙として使用される
■1965年(昭和40年) 産業用紙の低迷により、民芸紙の開発を開始
■1968年(昭和43年) 綾部市農業協同組合 和紙事業部となる
■1983年(昭和58年) 京都府無形文化財に指定
■1996年(平成8年) 現 黒谷和紙協同組合設立
■2005年(平成18年) 黒谷和紙工芸の里オープン(綾部市十倉志茂町/口上林小学校跡)

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